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秋葉原という街

PCパーツで思い浮かんだのが、秋葉原の大きすぎる変化。
今やすっかりPCパーツショップの店は減ってしまって、ドスパラや九十九、クレバリーといった有名店と一店だけの小さなパーツ屋、ジャンク屋が乱立していた頃とはくらべものにならないくらい。
そこに入った多数の免税店やカードショップ、メイド喫茶たち。

一番最初に訪れた頃といったら、親がファミコンを買ってくれるので秋葉原に行って、今じゃ禁止されている抱き合わせでファミコン掴まされたんだっけ・・・ソフトが少なかったら、一緒についてきたファミジャンを結構やったものだけれど、やはりクソゲーというかバカゲーすぎて、バランス悪かったっけ・・・。あの頃の技術力であれだけ詰め込もうっていうのは無理すぎる。
作品に合わせたミニゲームを盛り込みすぎだ。
あの時ファミコンを買った店は、今だとミスドあたりだろうか?流石にほとんど覚えていないのだが、そのあたりだったような。

その後、ファミコン、スーファミといったゲームソフトを買いに何度か訪れるようになって、秋葉原の名物兄貴からソフト一本に100以上のゲームが入ってる謎の海賊ソフトを買おうか迷ったり、ソフマップの中古を見たり、個人店舗のソフト屋を見てまわったっけ。
あの頃はゲーム屋が乱立していて、パーツショップや家電の店なんかもあって、まさに電子街という様相だった。

そこから少しづつだけれど、同人書店やカードショップが増えてきて、街にソフマップが乱立してきたような。
パソコンの値段が下がってきて、個人で買えるようになって、自作をする人が増えてきた事で一気にPCパーツショップも増えたように思う。そのあたりで電車男が知られるようになって、一気にメイド喫茶が乱立するようになって、客引きが増えたっけ。

そこからは駅、ラジオデパート、中央通りの再開発で店がガラリと変わっていった。

どの時代にも、どの時代の魅力があって面白いと思うし、いつ行っても知らない何かを見つけられるような、カオスで楽しい街が秋葉原だお思うし、それはこれからも何だかんだで変わらないと思う。

しかし、秋葉原といったら昔はメシ屋を探すのが大変だったというのに、今では乱立しまくり。
どこに入るのか迷うくらいに色々とあって、秋葉原では食事できない、なんて時代があったのが信じられないくらいだ。
サンボはそんな秋葉原においては数少ない食事処だったけれど、結構厳しい掟があったっけ。
今はそれも緩んで、マダムやムッシュ、ギャルソンの三人態勢ではなくなったというけれど・・・もうずいぶんと行ってないので真偽が不明だ。これだけお店が色々あると、流石に牛丼を食べに行くよりもちょっと違うものを、と思ってしまうし。

美味しくても、やはり牛丼というといつでも食べれる印象があって、普段は簡単に食べれないようなもののほうを選んでしまいがちだ。
その結果、ちょっと失敗したかなぁ・・・なんて思う事も多かったりするけど。
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